年齢による肌の変化に対する私の思い

12月 23, 2020 スキンケア

 幼少期からあまり肌トラブルに悩まされることはなかった私。
 小さい頃の写真を見ても母譲りの色白さと父譲りのきめ細かい肌で、なにも悩みのなさそうな顔をしてニコニコしている写真が多い。
 思春期になると、ソフトボール部だった私は、顔の日焼けには大いに悩んだ。

ネーヴェクレマを使ったレビュー

 日焼けによる痛み(やけどのようなもの)がきつかったと思う。見かねた母が、日焼け止めクリームを持たせてくれ、練習の前に塗るようにしたら、割と治まるようになった。強くきれいな肌の持ち主だった。練習の途中にチームメイトと日焼け止めを塗りたくり「バカ殿~(笑)」と笑いあったのがよい思い出だ。大学生になって、冬にスキーに行くと雪焼けを初めて知り、日焼け止めクリームは割といいものを使うようになっていた。

 若い頃は本当にありがたいことにきれいな肌だった。性格も明るく、毎日楽しかった。肌を酷使しても、放置しても体の内側から修復できたのかと思う。

 そんな私の肌が大きく変わったのは結婚して子供ができ、自分より他に時間を費やし、鏡を見なくなり、乱れた髪、荒れ果てた肌になり、心がすさみ、病み、肌荒れは一層ひどくなった。変な感じに痩せ始め、しわしわになり、目がくぼみ、お化けのような顔になっていた。心を病んだまま日常に追われ、激動の年月を駆け抜けているうちに年齢も重ねていたのを忘れていた。明るい性格が卑屈になり、眉間にしわが寄り、都合の悪いことは全部人のせいにしていた頃、明らかに自分の肌も手を付けられないほど荒れ果てていた。

 扉の角で頭を打ち、おでこに大きなたんこぶができた。尖っていた。鬼の角のようだった。鏡を見るとそこに鬼がいた。心が病むとは本当に恐ろしい。
 たくさんの人が心配をしてくれ、時には厳しい声をかけてくれた人もいた。静かに助けてくれる人もいた。そしてまた、私の肌をギフトしてくれた両親が一番の味方になってくれ、目を覚ました私は、やっと心に温かいものがあふれるようになったころ、自然に肌もハリを取り戻した。

 今は年相応しわがある。でも幸せだ。心が幸せに満ち溢れていると自然と肌も満ち溢れる。
 また枯れる時もしわの寄る時もあるだろう、それも含めて私の人生だし肌だ。
 私にとって肌の乱れは心の乱れ。肌が荒れたときは、人のせいにしていないかな、卑屈になっていないかなと少し考えるようにしている。

投稿者: mako